NHK福岡放送局にほえる!

対馬は「“壱岐対馬”の対馬」というように、お隣の島(といってもはるか遠く!)「壱岐(いき)」とひとくくりにして語られることが多く、福岡の沖に「いきつしま」という島が浮かんでいるという勘違いをしている人とか、壱岐と対馬は軽く泳いで渡れるくらい近いと勘違いをしている人とか、何度も対馬出身と言っているにもかかわらず「壱岐の方でしたよね?」と言われてしまったり…。もう慣れっことはいえ「そりゃあないでしょうよ」と思うことがよくあります。

このような認識のされ方は、対馬をプロモーションしていく上での大きな障害で、何とか取り除かなければなりません。なぜこのような現象が起こるのか?日々の検証の中で、NHK福岡放送の天気予報で“壱岐対馬地方”という言い方をされていることが要因の一つではないかと考えました。そこへたまたま、先日ご挨拶に伺った大宰府市長が、思いもよらない助け舟を出してくださいました。「知人にNHKのOBがいるから、お願いしてみたら?」。というわけで、武末がさっそく連絡を取らせていただき、放送部の副部長とお会いできることになりました。

「どないしてくれはりますのん?」と極妻風にほえたりはしていませんが、対馬と壱岐がひとくくりに認識されているのはNHK福岡放送局の天気予報での対馬の扱い方にも要因があると思われるので、何とか改善していただけないかという旨をお伝えしました。「“壱岐対馬地方”と言っているのは、気象庁からの情報をそのまま紹介しているため。ただ、NHK長崎放送局ではそのように表現していないので何とかなるかもしれません。確約はできませんが、改善に向けて取り組みます。また、地図の表記も検討させていただきます」という回答をいただきました。近いうちに何らかの変化があらわれるかもしれません!

さて、太宰府市長と対馬市の”えにし”について。太宰府市長と大浦副対馬市長が親しくなったのは、旧太宰府市長と旧上対馬町長に親交があり、それぞれがそのボスのすぐ下で働いていたことがきっかけです。そういうお付き合いから、NHK福岡放送局放送部の副部長までつながるのだから、改めて言うまでもないことですが、人と人との縁というのは不思議で面白くてものすごいものですね。

NHK福岡放送局内の「パークサイドスタジオ」。
こちらで対馬のことをご紹介できますよということもおっしゃってくださいました。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-28 12:03 | あう

阿比留は、博多駅東3丁目という立地、1Kという間取り、家具・家電付き(20型液晶テレビ・洗濯機・冷蔵庫・照明・シングルベッド・クローゼット・カーテン・エアコン付き)、平成19年リニューアル(築年:昭和62年)、日当たり良好、家賃(共益費込み)ジャスト5万円というマンションで一人暮らししています。福岡事務所まで徒歩15分、きれいで日当たりもよく、快適な日々を過ごしているということです。

この物件を見つけたのは、3月下旬、まだ対馬にいるときにネット上で。「仲介手数料0円」というフレーズにひかれ(ウィークリーとかマンスリータイプのお部屋を紹介しているあの有名な不動産屋さんではありません)、すぐに電話で問い合わせ、空きがあることを確認しました。そして、4月4日に福岡へ出てきたその日に入居。驚異的なスピードで住まいを決め、福岡ライフが始まりました。

この物件を紹介してくれたおっちゃん(社長)が、どういうわけか阿比留のことをいたく気に入り、「事務所に対馬のパンフレットをおいちゃーけん持っておいで」とか「飲みに行こう」と何度もお誘いを受け、実際に飲みに行ったようで、阿比留にとっては福岡で初めてできたお友達(!?)のようです。

このおっちゃん、どうも島好きな方。どういう経緯なのか詳しいことは分かりませんが、喜界島とはゆかりがないにもかかわらず、何でも「喜界町アンテナショップ事業推進協議会」という会に所属されていて、喜界島のPR活動をされています。そして、これから対馬のことも応援してくださる強力な助っ人となりそうです。こういう素敵な出会いを一つずつ大切にしながら、福岡事務所、対馬を盛り上げていきたいと思う今日この頃です。
# by tsushimafukuoka | 2009-04-27 14:12 | あう

23日、西日本新聞社の記者、嶋村初吉(しまむらはつよし)さんがお見えになりました。嶋村さんは、『朝鮮通信使の光と影』(梓書院、2009年4月1日発行)など、対馬に関する書籍数冊を執筆されている方で、西南学院大学の非常勤講師もされています。(ちなみに、「対馬市応援団」のメンバーのおひとり)。西南学院大学の学生さんたちに対馬のパンフレットやマップを配布したいということで、わざわざ取りに来てくださいました。

嶋村さんは韓国観光公社の支社長と面識があることから、「近所だし、一緒に挨拶に行きましょうよ」ということになり、阿比留と私(早田)を引き連れて(武末は来客対応中)、いかにも記者らしく早足で現場に案内してくれました。(ついていくのに精一杯。お歳ははるかに上のはずなのに…。とにかくまあ饒舌だし元気なおじさま)。

韓国観光公社のエントランスは、ざっと幅5~6メートルの極彩色のガラス窓が張り巡らされ、思わず「うわー、素敵ー!」と声を上げてしまいました。朝日ビルというお堅いめのオフィスビルにおいては、かなり異彩を放ったテナント。中に入ると、チマチョゴリで民俗舞踊を踊っている、高さ30センチくらいの人形たちが並んでお出迎えしてくれました。ほか、韓国の磁器やパッチワーク「ポジャギ」(かわいい!)などの民芸品がディスプレイされ、閲覧用の書籍類やパンフレットが並び、そして、やはりというかなんというか、韓流ドラマが大型の液晶テレビで放映されていました。

奥のオフィスでは、プサン出身の女性、次長のソルさん、そして支社長のキムさんが、突然の来訪にもかかわらず、丁寧に対応してくださいました。(もちろん日本語ペラペラでかなり博識な方々)。福岡事務所は何をするところなのか、メンバーそれぞれの役回りなどについて質問を受け、回答させていただきました。

それから、キム支社長による、日本と韓国を取り巻く古代アジア史についてのミニ講座とも言えるようなお話しが始まり、思いのほか長く、そしてかなりディープなところまで語っていただきました。韓国で西暦42年におこり、500年ほど栄華を極めた「加邪(かや)」は、九州にとても縁があり、北部九州で「唐」とつく地域は、「加邪(かや)」の人々が渡来した場所なのだそうです。この「加邪(かや)」さえも知らない私は、「あなた、本当に何も知らないですね!古代アジア史を知らない日本人は本当に多いんですよ…」と軽く注意を受けてしまいました。

あらら…。という訳でお薦めの著書などを紹介いただきました。北部九州、特に対馬におけるグローバリズムは、今に始まったことではなく、むかーしむかーしからのことで、改めてそこらへんをちゃんと知っておかないといけないと思った次第でした。


韓国観光公社のロビーにディスプレイされていた凧とお面
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-24 15:13 | しる

4月22日、JR九州リテール㈱の営業の方が来られました。キヨスクなどJRの駅ビルにある商業施設を管理運営している会社で、2011年3月にオープン予定の新博多駅ビルについてご説明いただきました。

現在、JR博多駅は大規模な工事が進められ、九州初の「阪急百貨店」や「東急ハンズ」などが入った、これまでとは全く様相を変えた豪華なビルに生まれ変わります。このビル内には、九州全域から集めた特産品を展示販売するフロアが設けられ、贈答品用の箱入りのお菓子をばら売りするコーナーや、地酒コーナー、九州の老舗の味噌や醤油などを使った朝ごはんが食べられるコーナー、新幹線のホームに九州の駅弁コーナーなどなど、かな~り魅力的なプランを練っておられます。ここに、対馬の特産品も紹介したいという、たいへんありがたいお話しをいただきました。

全国各地の駅ビルはあちこちで再開発が進められ、不振にあえぐ百貨店業界において、駅ビル店に関してはいずれも好成績をマークしているということです。また、利用客のおおむね6割が、地元ではなく外部の方で、旅行客やビジネスパーソン。そのため、贈答用ではなくスーパーよりもちょっと上のランクのデイリー用(自分用)のご当地ものが人気なのだそうです。

2011年3月、この新博多駅ビルに、対馬の魅力的な特産品がずらっと並ぶ日を目指し、準備を進めて行きたいと思いますっ!


九州旅客鉄道㈱による商業施設出店の案内カタログ、
その名も「熱い博多が動く。」の表紙と裏表紙
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-23 11:41 | あう

厳原(いづはら)町出身の中田勝則さんより、昭和30年代の厳原港をとらえた写真(貼りパネに貼られた約30×50センチのものなど)数枚を、「事務所で活用されてください」と寄贈いただきました。

事務所のレイアウトがまだ詰めきれていないので、どこに掲示するかはまだ検討中。ギャラリーコーナーのようなものを設け、この懐かしい写真や美しい花の写真などをディスプレイしたいよねという話しをしているところです。

さて、この写真、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のように、昭和の匂いがぷんぷんしてくるようなものです。ぱっと目に留まったのは以下のとおり。

・厳原大橋がないので、石積みの防波堤がまず目に飛び込んでくる。
・脱水機の要領でイカを乾燥させるマシンがぐるんぐるん回っている場所に、竹竿で作られたイカ干し場がある。
・そのすぐ前に丸太が積み上げられ出荷される場所があり、丸太が海に転げ落ちないかどうか心配そうに様子を見ているおじちゃんがいる。
・イカ干し場のそばの道路に車が一台。左後方と後部のガラス窓に、でかでかと「青色リボン」というような文字が書かれている。はっきり読め取れないため多少違うかも。上部にはスピーカーらしきものが見える。(何かのキャンペーンカー?)。
・現在、上原商店、鎌田水産、泰水産などがある辺りに、「江藤木材」の看板を掲げた建物。
・その並びに民家が軒を連ね、モモヒキやパッチのような白い洗濯物がずらっと干されている。
・見渡す限り瓦ぶきの屋根ばかりで、せいぜい平屋か2階建て。
・そのため旧厳原中学校(現在は清水ヶ丘グラウンドの場所)の建物が港からしっかり見える。
・遠くに見える山々の木が切られ、裸になっている場所あり(港の木材はそれ?)。

いただいた写真のうちの1枚。昭和36年の厳原港
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-22 16:56 | みる