今日の記事は、ゴールデンウィークに対馬に帰省していた武末の、“フェリー「げんかい」乗船記”です。対馬へは娘と二人、福岡への戻りは一人で(娘は一足先に飛行機で)。乗船記は、一人旅の模様が記録されています。(やや哀愁漂う?!)。ではどうぞ、お楽しみくださいませ。

福岡事務所で観光案内をする上で、よく分からないものは話せないと思い、あえて比田勝(ひたかつ)航路のフェリー「げんかい」を選びました。比田勝航路は4~5年ぶりで、比田勝出航となると、かれこれ10年以上も乗っていませんでした。一昔前までは、比田勝~小倉航路だったため、比田勝~博多航路は初体験。フェリーの名前も「あがた」から「げんかい」に改められ、この「げんかい」に乗ったのも初めてです。

最大の関心事は乗客がどれくらいかということでした。ゴールデンウィークを過ぎたこともあり、待合室内をみてもチラホラしかなく、「これでゆっくり横になれる」と一安心(船会社としては安心事ではないでしょうけど)。そして、切符を買っていざ乗船。聞いていた通り、以前の「あがた」からすると、かなり狭いと感じました。船内を見渡すと知人がいたので、とりあえずその隣に自分のスペースを確保。その後、出航の様子を見るために、客室後ろのデッキへ回りました。

フェリーターミナルに目をやると、そこに勤めている知人が、2階の窓から船の後ろを指さしていました。振り返ってみると、我々の乗っているフェリー出航の妨げになるということで、韓国行きの高速船「シーフラワー」が岸壁から離れているところでした。韓国へは高速船が就航しているというのに、自分はこんな小さなフェリーか…と少し複雑な気持ちになりました。

いよいよフェリーが博多に向けて出航。私の中でフェリーというのは別れのイメージが強く、今まで多くの知り合いが転勤のために、また、子供たちが就職や進学のため対馬を離れていったことを思い出し、一抹の寂しさを感じました。

比田勝港を出港すると、360度ぐるりと海ばかりの風景が続き、ちょっと退屈になってきたために船内へ。船内放送で、博多港到着時刻等が告げられ、最後に「退屈ですが暫くの間ご辛抱下さい」というような一言が添えられました。船の中にはテレビがあるくらいで、しかも出港時にはついていませんでした。「いやいや、暫くじゃないし…。これじゃ辛抱できんばい。だけんフェリーを使わんったい」と思わず心の中で突っ込んでしまいました。(九州郵船さんごめんなさい。でも正直な感想です)。

そこで私は、ヘッドフォンステレオで音楽を聴きながら、持ち込んだ小説を読むことにしました。船の中で本を読むと船酔いすると言われますが、私は小さい時から船に強く(漁師のせがれだから?)酔ったことはほとんどありません。また、この日は時化を期待していたのですが(よく揺れると聞いていたため、そのレポートができればと思ったのですが)、あいにく凪のため、ゆっくり読書ができました。私の周囲でずっと寝ている人たちは、博多に着くまでの辛抱と言わんばかりに、ひっそりと耐えていたような気がしました。

途中、外の空気を吸おうとデッキに出て、海に沈む夕日や行き交う船を眺めました。(船内にいたら全く何も見えないため)。フェリー独特の臭い、テレビの音、周囲の人の寝息などに囲まれていると、何となく外へ出たくなります。それに、女性がこの空間で、見ず知らずのおっさんのそばで横になるのは、かなり辛いものがあるんじゃないかなと感じました。30年以上もサービスが変わっていないのはどうなんでしょうかね…。もう一工夫欲しいところです。

今回の私の船旅は、持ち込んだ小説と乗船記を書くという使命のおかげで、あまり退屈せずに済みました。(数ヶ月の単身赴任生活でずいぶんと一人に慣れたからかもしれません)。旅のフィナーレを飾ってくれたのは、福岡ドーム、福岡タワー、ライトアップされたマリノアシティの観覧車、高層マンションの窓の明かりなど。海から眺める博多の夜景は奇麗でした。

ちなみに、この日の乗客は、私を含め17名(ほとんど地元住民)、2等客室1スペースに約3名ずつといった贅沢さでした。ただ、この航路を観光客に勧められるかというとちょっと難しいのかなという気もしました。私のようなおっさんは平気でしょうが、混雑時、時化の時は、かなり厳しいものがあると思います。対馬と九州本土の距離は縮まらないわけで、距離を感じさせないような仕組み、船旅を楽しめるような工夫が必要です。私たちに課された課題の大きさを感じさせられる旅でした。

●フェリー「げんかい」の料金などについて(平成21年5月時点)
2等船室 大人片道 5,330円(税込)
比田勝発15:05~博多着20:55
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# by tsushimafukuoka | 2009-05-11 17:02 | しる

ゴールデンなウィーク

みなさま、ゴールデンなウィークをいかがお過ごしでしょうか?対馬市福岡事務所のスタッフも本日より休暇に入りました。

武末は長女とともにフェリーで対馬に戻り、地元で開催される「ひとつばたご祭り」などに奔走します。阿比留(あびる)は、対馬より妻と子どもたちが出てくるため福岡市内で家族サービスをします。わたくし、早田(そうだ)は、前半は対馬より両親が出てくるため有田陶器市などに出かけ、後半は東京に仕事に行ってまいります。

そのお仕事というのは、今年初めよりお付き合いをさせていただいている、「スローフードすぎなみTOKYO」代表者の佐々木俊弥さん、そしてメンバーの方々数名(大学教授やジャーナリストなど)に対する、対馬について(特に郷土食)のプレゼンテーションです。さながら「フーテンの寅さん」のように、カバンから対馬の食材を出して、口上を述べさせていただく予定です。日本の食文化を守るために奔走されている有識者の方々を前にするため、ちょっと怖いのですが、せっかくこのような機会をいただいたわけですから、最大のパフォーマンスを発揮したいと思います。一人でも対馬ファンを作ってきたいと思います。そして、頂戴したアドバイスを還元させていただきたいと思います。

ではでは、素敵な休日をお過ごしください。次回の更新は5月11日(月)の予定です。
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# by tsushimafukuoka | 2009-05-02 14:30

JR博多駅博多口正面にある「ふれあいビジョン博多」で、「第13回国境マラソンIN対馬」の15秒コマーシャルが放映されています。期間は5月1日~31日までの1ヶ月間、1時間につき6回(7時から23時までの間)。これまで、専門誌『ランナーズ』などで告知されてきましたが、さらに今年は、この「ふれあいビジョン博多」を使った告知をされることになりました。

博多は5月3日・4日にかけて、毎年200万人以上の人出がある「博多どんたく港祭り」が開催されます。街中がフィーバー!フィーバー!という感じです。博多口正面の広場にも「博多駅本舞台」が設置され、なんと、3日の16時からと18時からの2回、西城秀樹さんのコンサートが開催されるということです!お母様方、必見ではありませんか?!秀樹に酔ってしまってそれどころではないかもしれませんが、ぜひこの機会に、たくさんの方々に、「ふれあいビジョン博多」をご覧いただければと思います。

〈第13回国境マラソンIN対馬について〉

開催日/平成21年7月5日(日)※雨天決行
会場/長崎県対馬市上対馬町「三宇田海水浴場」
スケジュール/7:30受付、8:20開会式、12:10閉会宣言
参加料/3,000円(一般)、1,000円(高校生以下)
申込締切/平成21年6月5日(金)

■主催/国境マラソンIN対馬実行委員会 http://www8.ocn.ne.jp/~kokkyo
〒817-1701対馬市上対馬町比田勝956
TEL/0920-86-4838
※詳しくはお問い合わせください。

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# by tsushimafukuoka | 2009-05-01 14:58

福岡市博多区に「対馬小路(つましょうじ)」という地区があります。(博多港、博多リバレインからわりと近く)。お休みの日に、阿比留(あびる)が行ってきました。

地図を手に対馬小路をうろうろしましたが、なかなかお目当ての「旧対馬小路」と書かれた石碑を見つけることができず、近くの和菓子屋のおばちゃんに尋ねたところ、「ここに住んどらんけん、分からんっちゃんね」と。この界隈の方々もそういったものがあることをご存知ではない様子。改めて資料に目を通してみると、その石碑は、現在の対馬小路にあるのではなく、お隣の古門戸町(こもんどちょう)3丁目にあると書かれているではありませんか。

というわけで、古門戸町3丁目をうろうろ。すると、ありました、ありましたー!ビルの谷間にひっそりと。「オッペケペー節」で有名な川上音次郎の生家跡でもある、「沖濱稲荷」の敷地内に、小さな石碑が建っていました。

この「対馬小路」に関しては、『福岡対馬会だより』(平成21年1月21日発行、第40号)の梅野美実(うめのはるみ)さんによる「博多の街の小さな対馬」でたいへん分かりやすく紹介されていましたので、以下にご紹介させていただきます。


◇博多の街の小さな対馬 梅野美実(うめのはるみ)

対馬行きのフェリー・ジェットフォイルの発着する「築港」から、中洲方面に5分ほど歩いたところに「対馬小路」という地名の街があります。「対馬小路」と書いて、何と読むのか、皆さんご存知ですか?「ツマショウジ」と読みます。昔は「ツシマショウジ」と読んでいたらしいのですが、いつのころか現在の「ツマショウジ」と呼び名が変わっていったようです。いずれにしても、博多の地になぜ「対馬」という字の地名がついているのでしょうか。

それは、豊臣秀吉が、戦国時代に、焼け野原となった博多の街を、復興するための町づくりを行ったことに由来します。豊臣秀吉が行った博多の街づくりに、「太閤割り」という街づくりがあり、当時の博多の街に「対馬小路」を含めて7つの「小路」を造っています。そして、そのころ「大下(オオシモ)の浜」と呼ばれた、当時海岸であった所に当時の対馬の殿様であった宗対馬守義智が、豊臣秀吉から拝領した対馬藩の蔵屋敷があったことから、「対馬小路」と名づけられたそうです。

当時、7小路あった小路の名前も、特に昭和になってからの町境、町名変更により、他の6小路の名前は全て無くなり、「対馬小路」のみが昔からの名前を今に残しています。

「対馬小路」のみを残してくれたとは、博多の人々も粋な計らいをしてくれたものですね。

それから、「対馬小路」はオッペケペー節で有名な、川上音次郎の生誕の地でもありまして、生家跡に「沖濱稲荷」という稲荷神社が祭ってあります。但し、稲荷神社の場所は古門戸町3に建っていますが昔は、古門戸町も「対馬小路」の一部でしたので、わざわざ「旧対馬小路」であるとの説明書きの碑がたっています。

皆さん、一度「対馬小路」まで足を伸ばしてみませんか?


ビルの間にたたずむ沖濱稲荷神社。
対馬小路を示す石碑は、神社の石碑の後ろにひっそりとあります。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-30 13:44 | しる

NHK福岡放送局にほえる!

対馬は「“壱岐対馬”の対馬」というように、お隣の島(といってもはるか遠く!)「壱岐(いき)」とひとくくりにして語られることが多く、福岡の沖に「いきつしま」という島が浮かんでいるという勘違いをしている人とか、壱岐と対馬は軽く泳いで渡れるくらい近いと勘違いをしている人とか、何度も対馬出身と言っているにもかかわらず「壱岐の方でしたよね?」と言われてしまったり…。もう慣れっことはいえ「そりゃあないでしょうよ」と思うことがよくあります。

このような認識のされ方は、対馬をプロモーションしていく上での大きな障害で、何とか取り除かなければなりません。なぜこのような現象が起こるのか?日々の検証の中で、NHK福岡放送の天気予報で“壱岐対馬地方”という言い方をされていることが要因の一つではないかと考えました。そこへたまたま、先日ご挨拶に伺った大宰府市長が、思いもよらない助け舟を出してくださいました。「知人にNHKのOBがいるから、お願いしてみたら?」。というわけで、武末がさっそく連絡を取らせていただき、放送部の副部長とお会いできることになりました。

「どないしてくれはりますのん?」と極妻風にほえたりはしていませんが、対馬と壱岐がひとくくりに認識されているのはNHK福岡放送局の天気予報での対馬の扱い方にも要因があると思われるので、何とか改善していただけないかという旨をお伝えしました。「“壱岐対馬地方”と言っているのは、気象庁からの情報をそのまま紹介しているため。ただ、NHK長崎放送局ではそのように表現していないので何とかなるかもしれません。確約はできませんが、改善に向けて取り組みます。また、地図の表記も検討させていただきます」という回答をいただきました。近いうちに何らかの変化があらわれるかもしれません!

さて、太宰府市長と対馬市の”えにし”について。太宰府市長と大浦副対馬市長が親しくなったのは、旧太宰府市長と旧上対馬町長に親交があり、それぞれがそのボスのすぐ下で働いていたことがきっかけです。そういうお付き合いから、NHK福岡放送局放送部の副部長までつながるのだから、改めて言うまでもないことですが、人と人との縁というのは不思議で面白くてものすごいものですね。

NHK福岡放送局内の「パークサイドスタジオ」。
こちらで対馬のことをご紹介できますよということもおっしゃってくださいました。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-28 12:03 | あう