JR博多駅博多口正面にある「ふれあいビジョン博多」で、「第13回国境マラソンIN対馬」の15秒コマーシャルが放映されています。期間は5月1日~31日までの1ヶ月間、1時間につき6回(7時から23時までの間)。これまで、専門誌『ランナーズ』などで告知されてきましたが、さらに今年は、この「ふれあいビジョン博多」を使った告知をされることになりました。

博多は5月3日・4日にかけて、毎年200万人以上の人出がある「博多どんたく港祭り」が開催されます。街中がフィーバー!フィーバー!という感じです。博多口正面の広場にも「博多駅本舞台」が設置され、なんと、3日の16時からと18時からの2回、西城秀樹さんのコンサートが開催されるということです!お母様方、必見ではありませんか?!秀樹に酔ってしまってそれどころではないかもしれませんが、ぜひこの機会に、たくさんの方々に、「ふれあいビジョン博多」をご覧いただければと思います。

〈第13回国境マラソンIN対馬について〉

開催日/平成21年7月5日(日)※雨天決行
会場/長崎県対馬市上対馬町「三宇田海水浴場」
スケジュール/7:30受付、8:20開会式、12:10閉会宣言
参加料/3,000円(一般)、1,000円(高校生以下)
申込締切/平成21年6月5日(金)

■主催/国境マラソンIN対馬実行委員会 http://www8.ocn.ne.jp/~kokkyo
〒817-1701対馬市上対馬町比田勝956
TEL/0920-86-4838
※詳しくはお問い合わせください。

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# by tsushimafukuoka | 2009-05-01 14:58

福岡市博多区に「対馬小路(つましょうじ)」という地区があります。(博多港、博多リバレインからわりと近く)。お休みの日に、阿比留(あびる)が行ってきました。

地図を手に対馬小路をうろうろしましたが、なかなかお目当ての「旧対馬小路」と書かれた石碑を見つけることができず、近くの和菓子屋のおばちゃんに尋ねたところ、「ここに住んどらんけん、分からんっちゃんね」と。この界隈の方々もそういったものがあることをご存知ではない様子。改めて資料に目を通してみると、その石碑は、現在の対馬小路にあるのではなく、お隣の古門戸町(こもんどちょう)3丁目にあると書かれているではありませんか。

というわけで、古門戸町3丁目をうろうろ。すると、ありました、ありましたー!ビルの谷間にひっそりと。「オッペケペー節」で有名な川上音次郎の生家跡でもある、「沖濱稲荷」の敷地内に、小さな石碑が建っていました。

この「対馬小路」に関しては、『福岡対馬会だより』(平成21年1月21日発行、第40号)の梅野美実(うめのはるみ)さんによる「博多の街の小さな対馬」でたいへん分かりやすく紹介されていましたので、以下にご紹介させていただきます。


◇博多の街の小さな対馬 梅野美実(うめのはるみ)

対馬行きのフェリー・ジェットフォイルの発着する「築港」から、中洲方面に5分ほど歩いたところに「対馬小路」という地名の街があります。「対馬小路」と書いて、何と読むのか、皆さんご存知ですか?「ツマショウジ」と読みます。昔は「ツシマショウジ」と読んでいたらしいのですが、いつのころか現在の「ツマショウジ」と呼び名が変わっていったようです。いずれにしても、博多の地になぜ「対馬」という字の地名がついているのでしょうか。

それは、豊臣秀吉が、戦国時代に、焼け野原となった博多の街を、復興するための町づくりを行ったことに由来します。豊臣秀吉が行った博多の街づくりに、「太閤割り」という街づくりがあり、当時の博多の街に「対馬小路」を含めて7つの「小路」を造っています。そして、そのころ「大下(オオシモ)の浜」と呼ばれた、当時海岸であった所に当時の対馬の殿様であった宗対馬守義智が、豊臣秀吉から拝領した対馬藩の蔵屋敷があったことから、「対馬小路」と名づけられたそうです。

当時、7小路あった小路の名前も、特に昭和になってからの町境、町名変更により、他の6小路の名前は全て無くなり、「対馬小路」のみが昔からの名前を今に残しています。

「対馬小路」のみを残してくれたとは、博多の人々も粋な計らいをしてくれたものですね。

それから、「対馬小路」はオッペケペー節で有名な、川上音次郎の生誕の地でもありまして、生家跡に「沖濱稲荷」という稲荷神社が祭ってあります。但し、稲荷神社の場所は古門戸町3に建っていますが昔は、古門戸町も「対馬小路」の一部でしたので、わざわざ「旧対馬小路」であるとの説明書きの碑がたっています。

皆さん、一度「対馬小路」まで足を伸ばしてみませんか?


ビルの間にたたずむ沖濱稲荷神社。
対馬小路を示す石碑は、神社の石碑の後ろにひっそりとあります。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-30 13:44 | しる

NHK福岡放送局にほえる!

対馬は「“壱岐対馬”の対馬」というように、お隣の島(といってもはるか遠く!)「壱岐(いき)」とひとくくりにして語られることが多く、福岡の沖に「いきつしま」という島が浮かんでいるという勘違いをしている人とか、壱岐と対馬は軽く泳いで渡れるくらい近いと勘違いをしている人とか、何度も対馬出身と言っているにもかかわらず「壱岐の方でしたよね?」と言われてしまったり…。もう慣れっことはいえ「そりゃあないでしょうよ」と思うことがよくあります。

このような認識のされ方は、対馬をプロモーションしていく上での大きな障害で、何とか取り除かなければなりません。なぜこのような現象が起こるのか?日々の検証の中で、NHK福岡放送の天気予報で“壱岐対馬地方”という言い方をされていることが要因の一つではないかと考えました。そこへたまたま、先日ご挨拶に伺った大宰府市長が、思いもよらない助け舟を出してくださいました。「知人にNHKのOBがいるから、お願いしてみたら?」。というわけで、武末がさっそく連絡を取らせていただき、放送部の副部長とお会いできることになりました。

「どないしてくれはりますのん?」と極妻風にほえたりはしていませんが、対馬と壱岐がひとくくりに認識されているのはNHK福岡放送局の天気予報での対馬の扱い方にも要因があると思われるので、何とか改善していただけないかという旨をお伝えしました。「“壱岐対馬地方”と言っているのは、気象庁からの情報をそのまま紹介しているため。ただ、NHK長崎放送局ではそのように表現していないので何とかなるかもしれません。確約はできませんが、改善に向けて取り組みます。また、地図の表記も検討させていただきます」という回答をいただきました。近いうちに何らかの変化があらわれるかもしれません!

さて、太宰府市長と対馬市の”えにし”について。太宰府市長と大浦副対馬市長が親しくなったのは、旧太宰府市長と旧上対馬町長に親交があり、それぞれがそのボスのすぐ下で働いていたことがきっかけです。そういうお付き合いから、NHK福岡放送局放送部の副部長までつながるのだから、改めて言うまでもないことですが、人と人との縁というのは不思議で面白くてものすごいものですね。

NHK福岡放送局内の「パークサイドスタジオ」。
こちらで対馬のことをご紹介できますよということもおっしゃってくださいました。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-28 12:03 | あう

阿比留は、博多駅東3丁目という立地、1Kという間取り、家具・家電付き(20型液晶テレビ・洗濯機・冷蔵庫・照明・シングルベッド・クローゼット・カーテン・エアコン付き)、平成19年リニューアル(築年:昭和62年)、日当たり良好、家賃(共益費込み)ジャスト5万円というマンションで一人暮らししています。福岡事務所まで徒歩15分、きれいで日当たりもよく、快適な日々を過ごしているということです。

この物件を見つけたのは、3月下旬、まだ対馬にいるときにネット上で。「仲介手数料0円」というフレーズにひかれ(ウィークリーとかマンスリータイプのお部屋を紹介しているあの有名な不動産屋さんではありません)、すぐに電話で問い合わせ、空きがあることを確認しました。そして、4月4日に福岡へ出てきたその日に入居。驚異的なスピードで住まいを決め、福岡ライフが始まりました。

この物件を紹介してくれたおっちゃん(社長)が、どういうわけか阿比留のことをいたく気に入り、「事務所に対馬のパンフレットをおいちゃーけん持っておいで」とか「飲みに行こう」と何度もお誘いを受け、実際に飲みに行ったようで、阿比留にとっては福岡で初めてできたお友達(!?)のようです。

このおっちゃん、どうも島好きな方。どういう経緯なのか詳しいことは分かりませんが、喜界島とはゆかりがないにもかかわらず、何でも「喜界町アンテナショップ事業推進協議会」という会に所属されていて、喜界島のPR活動をされています。そして、これから対馬のことも応援してくださる強力な助っ人となりそうです。こういう素敵な出会いを一つずつ大切にしながら、福岡事務所、対馬を盛り上げていきたいと思う今日この頃です。
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-27 14:12 | あう

23日、西日本新聞社の記者、嶋村初吉(しまむらはつよし)さんがお見えになりました。嶋村さんは、『朝鮮通信使の光と影』(梓書院、2009年4月1日発行)など、対馬に関する書籍数冊を執筆されている方で、西南学院大学の非常勤講師もされています。(ちなみに、「対馬市応援団」のメンバーのおひとり)。西南学院大学の学生さんたちに対馬のパンフレットやマップを配布したいということで、わざわざ取りに来てくださいました。

嶋村さんは韓国観光公社の支社長と面識があることから、「近所だし、一緒に挨拶に行きましょうよ」ということになり、阿比留と私(早田)を引き連れて(武末は来客対応中)、いかにも記者らしく早足で現場に案内してくれました。(ついていくのに精一杯。お歳ははるかに上のはずなのに…。とにかくまあ饒舌だし元気なおじさま)。

韓国観光公社のエントランスは、ざっと幅5~6メートルの極彩色のガラス窓が張り巡らされ、思わず「うわー、素敵ー!」と声を上げてしまいました。朝日ビルというお堅いめのオフィスビルにおいては、かなり異彩を放ったテナント。中に入ると、チマチョゴリで民俗舞踊を踊っている、高さ30センチくらいの人形たちが並んでお出迎えしてくれました。ほか、韓国の磁器やパッチワーク「ポジャギ」(かわいい!)などの民芸品がディスプレイされ、閲覧用の書籍類やパンフレットが並び、そして、やはりというかなんというか、韓流ドラマが大型の液晶テレビで放映されていました。

奥のオフィスでは、プサン出身の女性、次長のソルさん、そして支社長のキムさんが、突然の来訪にもかかわらず、丁寧に対応してくださいました。(もちろん日本語ペラペラでかなり博識な方々)。福岡事務所は何をするところなのか、メンバーそれぞれの役回りなどについて質問を受け、回答させていただきました。

それから、キム支社長による、日本と韓国を取り巻く古代アジア史についてのミニ講座とも言えるようなお話しが始まり、思いのほか長く、そしてかなりディープなところまで語っていただきました。韓国で西暦42年におこり、500年ほど栄華を極めた「加邪(かや)」は、九州にとても縁があり、北部九州で「唐」とつく地域は、「加邪(かや)」の人々が渡来した場所なのだそうです。この「加邪(かや)」さえも知らない私は、「あなた、本当に何も知らないですね!古代アジア史を知らない日本人は本当に多いんですよ…」と軽く注意を受けてしまいました。

あらら…。という訳でお薦めの著書などを紹介いただきました。北部九州、特に対馬におけるグローバリズムは、今に始まったことではなく、むかーしむかーしからのことで、改めてそこらへんをちゃんと知っておかないといけないと思った次第でした。


韓国観光公社のロビーにディスプレイされていた凧とお面
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# by tsushimafukuoka | 2009-04-24 15:13 | しる